SNSを開くと周りの人や友達の結婚報告、妊娠報告、出産報告。
心から「おめでとう」って言いたいのに、なぜか心のどこかがざわざわして、あとからそんな自分が嫌になってしまう。
「私、性格悪いのかな…」
「ちゃんと祝えない私はダメなのかな」
そうやって、さらに自分を責めてしまう人も多いんじゃないでしょうか。
焦る原因は「他人の人生」じゃない
周りの結婚や出産に焦る理由って、実は「周りがどうしているか」そのものじゃないことが多いんです。
よく聞く「〇歳までに結婚」「〇歳までに出産」
これって、冷静に考えると誰が決めた基準なんだろう? って思いませんか。
- 親や親戚
- SNS
- 世間の“普通”
- なんとなく刷り込まれたイメージ
そういうものが少しずつ積み重なって、気づいたら「そうしなきゃいけない気がする年齢」になっているだけ。
でも実は、本当に焦らせているのは他人の目よりも 「理想の自分」とのギャップ だったりします。
「理想の自分」と比べて苦しくなる
- この年齢の私は、もっと余裕があるはず
- もう少しちゃんとしているはず
- もっと“大人な人生”を歩んでいるはず
そんな理想像と、今の自分を無意識に比べてしまう。
周りの結婚や出産は、そのギャップを突きつけてくる きっかけ にすぎません。
だから、祝えない=性格が悪い、ではなくて「自分の人生をちゃんと考えている証拠」 でもあるんです。
その焦り、実は服選びにも表れていませんか?
この「周り基準で焦ってしまう感覚」、実は全然関係なさそうな 服選び にもよく表れます。
どういうことかというと、たとえば…
- 30代だから、この服は痛いかな
- 無難な方が間違いないよね
- パーソナルカラーや診断結果に合っているかな
- 「大人の正解」っぽい服を選んでしまう
本当はそこまで好きじゃない。別に着たいわけじゃないのに、「失敗しなさそう」という理由で選ぶ服。
これ、人生の選択とすごく似ていると思いませんか?
「間違えない服」を選び続けると、自分が見えなくなる
- これが似合うって言われたから
- 年齢的に安心だから
- 浮かなさそうだから
そうやって選び続けていると、だんだん 「私はどうしたい?」 が分からなくなってきます。
服も人生も、“正解っぽいもの”を集めても、意外と満足感は残りません。
むしろ、「なんか違う」「しっくりこない」そんな感覚が増えていくことも多いです。
服選びは「自分の軸」を取り戻す練習
ファッションって、毎日少しずつ自分で選択する練習ができるんですよね。
たとえば、
- これは周りの目じゃなくて、私の好きで選んでる?
- 「似合う」より「着たい」を選んでもいい?
- これは誰にとっての正解?
こういう問いを、服を通して何度も繰り返していくと、「私はこうしたい」「これを選びたい」…そんな感覚が、少しずつ育っていきます。
自分の人生を生きるために
結婚する・しない
子どもを持つ・持たない
どれも本当は、正解も不正解もない選択です。
他人の人生を生きるのは自分じゃないし、自分の人生を生きるのも、他人じゃありません。周りと違う選択をすると、不安になったり迷ったりするのは当たり前。
でもそれを感じている時点で、もうあなたは「流されているだけ」ではないんです。
冒頭の話に戻りますが、『祝えない自分=ダメ』じゃない。
周りの結婚や出産を、素直に喜べない日があってもいい。焦ってしまう自分がいてもいい。
それは、自分の人生をちゃんと考えている途中だから!
服選びも同じ。
「これが正解だから」ではなく「私はこれが着たい」と自分で選べる経験が増えていけば、人生の選択にも、少しずつ自信が持てるようになります。
まとめ
もし焦りが出てきたら、「私、今なにと比べているんだろう?」「本当はどう生きたいんだろう?」と、自分に聞いてみてください。
服は、その問いを一番身近に、何度も練習できるツールです。
似合うかどうかの前に、「私はどうしたいか」を大事にしていい。
その感覚を取り戻すことが、結局いちばん「自分らしく生きる」近道になると思います。


